2014_04
12
(Sat)10:50

真逆なセカイ~倉木さんと過ごす~

Category: 小説
寮の玄関にある鏡の前に私は立っていた。
 肩までの黒髪に、白いヘアバンド……外見は星野さんだが中身は別の人間なのだ。
長い間鏡を見ることはあまり無いが、あり得ない状況に陥っているため、自分の容姿を眺めたくなった。
(私にもこういう時期があったな……)
十代の頃が脳裏に甦り、懐かしくなった。
友達と他愛もないお喋りをして、喫茶店でパフェを食べて、宿題のことをぼやいたり。
今はもう過去のことだけど楽しかったことは鮮明に覚えてる。
「明美ちゃん」
名前を呼ばれ、私は振り向く。
長い黒髪の女の子が立っていた。
彼女の名前は倉木雪乃(くらきゆきの)さんで星野さんとは仲が良い。
「倉木さ……いや、雪乃ちゃん、どうしたの?」
苗字で呼びそうになり、私は慌てて言い直した。
ちなみに倉木さんの呼び方は星野さんから教えてもらったのだ。
「時間になっても現れないから探しに来たの」
倉木さんは言った。
言われて私は思い出した。今日は九時から倉木さんの部屋に行く約束をしていたのだ。
星野さんと話すことに集中してたためすっかり忘れていた。
私の全身が冷めるのが分かった。とんでもない失態を犯したからだ。
「ごめんなさい……忘れてたわ」
私は倉木さんに謝った。
私の行いが元で友情にヒビが入ったら困る。
「いいよ、今日の明美ちゃん何だか忙しそうだったし」
倉木さんの声色は落ち着いていた。
どうやら怒っていないようだ。
「今度約束の時間に遅れそうな時は連絡してね」
「本当にごめん、次は気を付けるから」
失態を許す倉木さんに、私は必死に詫びた。

「終わった……」
私は国語の教科書とノートを閉じ、ため息をついた。
「お疲れ様」
倉木さんはカップを私の前に静かに置く。
私は倉木さんの部屋で今日出された宿題を片付けていた。
倉木さんは一足先に宿題を片付け、明日の予習を済ませた。
流石は倉木さん、頭が良いだけはある。
私は問題の内容に苦戦しながらもどうにか終えた所だ。
一度は習ったはずだが、思い出すのに時間がかかってしまった。
私は倉木さんに礼を言い、お茶を口に含む。
「美味しいわ」
私は率直な感想を述べた。
倉木さんは私にちらりと目をやり、お茶を口に含んだ。
「いつも入れるお茶なんだけど」
「そんな事ないわ、雪乃ちゃんお茶入れるの上手ね」
私は倉木さんを誉める。
倉木さんのお茶を飲むのは今回が初めてだが、心の底から美味しいと感じた。
倉木さんの顔つきは真剣なものに変わった。
「元気になったならいいわ明美ちゃん、昼間から具合が悪そうだったから気になってたの」
倉木さんは私の顔を見つめる。
彼女の言葉を私は返せない。原因は今日の四時間目に行われた授業にあった。 科目は科学で、担任は禊ヶ丘異端(みそぎがおかことば)先生で、私にとって顔を会わせたくない人だ。
過去にあの人と因縁がある事と、小テストの問題の難易度が高く、授業が終わっても全身の震えと倦怠感は消えなかった。
食堂でお昼にしたが、食欲が沸かず、作ってくれた人に申し訳ないが、残してしまった。
今は解消されたが、あの感覚は二度と味わいたくない。
「禊ヶ丘先生の授業、大変だったね」
「そ……そうね」
倉木さんは私と苦しみを共有したいのかもしれないが、私の胃は不快感で一杯になった。
倉木さんもあの人の授業に「疲れた」と言っていた。
「雪乃ちゃんは平気? 随分疲れていたみたいだけど」
「心配いらないわ」
倉木さんは薄っすらと笑う。
「禊ヶ丘先生は私が学生の頃からあんな感じなの、難易度が高い授業を受けさせられて、早く終わらないかなって思うの、テストなんて一問解くのも時間がかかって、全問正解した人はいないの
おまけに生徒が怖がるような実験までして迷惑かけるから、あの人に対して良い印象を持つ人は殆どいないわ」
私は長々と禊ヶ丘先生のことを語る。
倉木さんは困った表情を見せた。
「明美ちゃん?」
倉木さんの声で、私は口に手を当てる。
いけない、私ったら星野さんの立場を忘れて自分の愚痴をこぼしていた。
「やだ……何言ってるんだろう、ごめんね、今のは忘れて!」
私は慌てて言うと共に、時計を見る。
二十二時三十分、そろそろ引き上げ時だ。
私は教科書とノートを鞄にしまい、立ち上がった。
「今日は色々と有り難う、お茶ごちそうさま」
「う……うん」
戸惑う倉木さんを背に私は早足で扉の側に来て、振り向いた。
「お休み、また明日会いましょう」
私は挨拶をして、倉木さんの部屋を出た。

(倉木さん、困ってたな)
歩きながら、私は内心思った。
あの人のことになると、悪い意味で抑えが効かなくなる。
(後で星野さんに言っておかないとな)
煮えきらない思いのまま、私は星野さんの部屋に戻ったのだった。