2014_04
17
(Thu)20:54

真逆なセカイ~私は伊澄くんを止める~

Category: 小説
星野さんの部屋に戻り私はベッドの中で眠ろうとしたが、目が冴えてしまい眠れなかった。
時計は深夜零時、高校生は寝ている時間である。
しかし私は体が高校生でも心は大人なのだ。
今は藍川鈴音(あいかわすずね)先生が巡回している時間だ。部屋に戻らない生徒に忠告を促したり、問題行動を起こす生徒を注意したりしている。
私も藍川先生に時折同行しているが、彼女はドジな部分があり、見ていてヒヤヒヤする。
今日は私が非番のため、藍川先生一人で寮を見て回っているはずだ。
(ちょっと心配だわ)
ベッドから出て、カーディガンを羽織り、私は星野さんの部屋を後にした。

一階に降り、静まり返った廊下を進む。
食堂は閉まり、コインランドリーには人がいない。
足音を立てないようにして私は歩き、廊下の隅や、階段を見て生徒がいないかどうか確認する。
しかし生徒の姿は無い。
問題がなくて私はほっとした。
一階の確認を終え、私は二階に上がる。
……その時だった。
「テメエ、オレを睨んだだろ」
「に……睨んでいません」
ドスの効いた声と、怯えた声が聞こえてきた。
「嘘つくなっ!」
駆けつけると、小柄な男子生徒が、青ざめた男子生徒の胸ぐらをつかんでいた。
小柄な男子生徒には見覚えがあった。
伊澄慧(いすみけい)くん、星野さんと同じ高等部一年の生徒だ。
性格は荒っぽく、事あるごとに生徒に喧嘩を売るため教師の間でも問題児となっている。
伊澄くんが腕を上げ、殴りかりそうに見えたので、私は右腕を伸ばし伊澄くんの時が止まるように念じた。
本来なら「止めなさい」と言っている所だが、今回は周りに人がいないので使用することにした。
伊澄くんが腕を上げた状態のまま動かないのを確認し、私は男子生徒の元に駆けつける。
「大丈夫?」
「はい……」
「話しはここから離れてからしましょう」
私は男子生徒を連れて、急ぎ足で一階へ向かった。
伊澄くんが動き出すのは、二時間経ってからにしたつもりだが、用心するに越したことはない。

私たちは建物の外に出た。
中は藍川先生が巡回しているだろうし、見つかったら厄介だからだ。
「明美先輩、助けて頂き有り難うございました」
男子生徒は礼儀正しくお辞儀をする。
彼が誰なのかを把握できた。
小野哲(おのさとる)くん、星野さんが付き合っている相手だ。
「小野くんはどうしてこんな時間に起きてるの?」
私は質問した。
「友達に飲み物を買ってこいって言われて、外出したんです。あ、ちゃんと家の両親や寮母さんには許可を貰っています」
小野くんはしっかりと答える。
小野くんの手には缶やペットボトルが入った袋が握られている。
「飲み物を買って帰ろうとした矢先に男子寮から伊澄先輩が出てきて、避けて歩いたんですが、伊澄先輩が後をついてきて怖くなって二階に逃げたら絡んで来たんです」
「そうだったの……」
彼が女子寮で泊まったというのは聞くが、男子寮というのは初めてだ。
伊澄くんを泊めそうなのはグロリア・エナム君だろう。
グロリア君は伊澄くんと元々同級生だったこともあり、交流がある。
伊澄くんはグロリアくんと同じ高等部三年だが出席日数が足りずに留年しているため一年生である。
「今度は僕が聞きたいんですけど、どうやって伊澄先輩の動きを止めたんですか?」
小野くんの話しに、私はすぐに答えを出せなかった。
この力は信じてもらうのは難しい。
それでも星野さんが悲しむ姿を見たくないので、やむ無く使ったのだ。
「人を守る力、といった所ね」
私は右手を上げる。
「詳しいことは話せないけど、伊澄くんはしばらく動かない、それだけは言えるわ」
「人を守る……ですか、素敵ですね」
小野くんは穏やかに微笑んだ。
「くれぐれも人には喋らないでね」
私ははっきりと言った。
この力は見せ物ではないからだ。
もし世間に知られたら大変なことになる。
「分かりました。今日のことは秘密にします」
小野くんは真剣に語った。
彼は誠実なので約束は守ってくれる。
信じてもいい。
「そこで何してるの?」
柔らかな声が耳に飛び込み、視線を向けると藍川先生がこちらを見ていた。
建物ではなく外を巡回していたのだ。
「藍川先生……」
藍川先生が私たちに近づいてくる。
「小野くんと星野さんね、こんな時間に外に出歩いちゃダメじゃない」
藍川先生は叱りつけてきた。
すると小野くんが前に出て、藍川先生に頭を下げた。
「ごめんなさい! 僕が明美先輩を連れ出したんです。宿題で分からない問題があって、終わったから気分転換がしたくなって外で話し込んじゃって、だから明美先輩は悪くないんです!」
小野くんは説明した。
「本当なの?」
藍川先生に訊ねられると、小野くんは「はい」と答える。
小野くんは、星野さんをかばうために嘘をついたのだ。
嘘は良くないが、星野さんを守りたいという思いが伝わってきた。
「今日は遅いから部屋に戻りなさい、夜間の外出は危ないわ」
「すみませんでした」
小野くんは再度謝った。
藍川先生は私達に背を向けて去っていった。
「小野くん……」
「良いんです。明美先輩のためにやったんです」
彼の言葉にドキッとした。
私が星野さんじゃないと知らずに、小野くんは私の手を掴んだ。
「部屋まで送ります。藍川先生だけでなく天ノ川先生に見つかったら厄介ですから」
「う……うん」
私は小野くんに手を引かれて歩き出した。
彼の言う天ノ川先生は天ノ川銀河(あまのがわぎんが)先生で、地学を教えている。
今日は銀河先生も巡回に加わっている日だった。
姿は見えないが、銀河先生は規律に厳しく、夜間の外出など見られたら小野くんに教鞭が飛んでくるに違いない。
銀河先生は男性に厳しく、女性には優しいからだ。
彼女に見つからない内に、部屋に戻った方がいい。

「送ってくれて有り難う」
星野さんの部屋の前に立ち私は小野くんに礼を言う。
幸いというべきか、銀河先生に遭遇することは無かった。
「僕は当たり前のことをしただけです……今日はこれで失礼します。学校でお会いしましょう」
小野くんは暖かな笑みを浮かべ、細長い廊下に消えていった。

部屋に入り、私はぼんやりと空を眺める。
星野さんが小野くんのことを好きになる理由が分かった。
彼は星野さんを大切に想っているからだ。彼の行動を見て伝わってきた。
握られた右手を見て私の頬は熱くなる。
「星野さん、素敵な彼と付き合ってるわね」
私は呟いた。

今度こそ私は眠りについた。小野くんが銀河先生に見つからないことを願いつつ……